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1951年在日本公映的電影《》(めし),是由以拍攝女性電影為名的成瀨巳喜男(なるせ みきお)導演,搭配當時著名演員,有「日本的葛麗泰嘉寶」之稱的原節子(はら せつこ)與上原謙(うえはら けん)打造出這部雋永之作。

 

故事講述結婚五年陷入倦怠期的夫婦,某天因丈夫初之輔的姪女里子之到來,令夫妻倆的乏味生活起了變化。

 

由於身為主婦的三千代對於每天醒來就是燒飯,服侍丈夫直到他出門上班,之後來往於市場買菜,返家又要準備做飯給下班後的丈夫,擺脫不了制式化的柴米油鹽醬醋茶,三千代愈漸悶悶不樂。丈夫只會對她說:「肚子餓,我要吃飯。」而當里子突如其來拜訪,甚至寄住於她們家中,對此,三千代感到困擾。

 

美麗年輕、有活力,里子是個個性不喜受拘束的女孩,而她總愛賴著初之輔。身為妻子的三千代看在眼裡,很是吃味。生活與愛情兩方面都阻滯不前的三千代決定返回東京娘家……

 

本作原著為日本女性作家林芙美子(1903-1951)所撰寫的同名長篇小說。林芙美子猝死於心臟麻痺,但在她短短四十七年的生命裡卻創作了許多傑出的作品,其中也有不少被改編為電影。

 

而此部小說《飯》是林芙美子未完成的絕筆之作。因此本片的結局是由導演與幕後團隊一同構思出來的,但對林芙美子的書迷而言,大致有兩種不同的評價,一方認為這對夫妻應該要離婚,另一則是認為林芙美子當初所設想的結局就是如電影那般的團圓美滿。結局到底是該什麼樣子,我想只有長眠的林芙美子知道而已。

 

《飯》這部小說裡所描述的情感是非常纖細敏感且溫柔的。不管是以文學或電影來說,我都覺得這是不錯的作品。故事自然發展,而且人與人之間聯繫與牽絆就如同我們生活中那樣,平淡中越見真情,實則內蘊強烈情意的關係。

 

人們總是如此。越在自己身邊的人越不懂珍惜,直到那個人某天離去,才開始慌張或不知所措。而那刻才會體會到那個人的重要性,也了解到自己要是沒有她或他,自己什麼事也做不成、做不好。

 

所以再怎麼感到不耐煩或是辛苦,換個思維與視角,辛苦的事情會變得讓你或妳甘之如飴,也不會再如此煩躁不安吧。

 

請珍惜身邊的「那個人」,因為這份愛得來相當不易。

 

 

【日本語感想】 

「飯」という物語にある感情はとても繊細でやさしいものと思う。

文学の面にも映画の面にもよい作品であった。

物語は自然に成り行き、さらに、人の人との繋がりが表面から見れば少し薄かったかもしれないが、本当は強かった。

平凡の愛のなかに実は平凡ではない愛が隠されている。

いつもそうなんである。もし、あなたの最も大切な人がいつか去って行けば、きっと「どうしようかな」と思い、慌てて戸惑うだろう。

そして、漸く気がついた。あの人はいつもそばにいてくれるから、彼や彼女の重要性がわからなく、ところが、彼にや彼女に思いはあの人が去って行った日から波のように自分の心へ襲って来る。
 
その時こそ、あの人がいてくれなかったら、自分は本当に何もできないとわかる。

だから、どのようなつらい時にも、いくら退屈な感じがしても、頭を切り換えてみて、よく考えてみて、立場を変えると、つらいことはつらくなくなり、退屈な感じが消えてしまうかもしれない。

何故ならと言うと、あの人はあなたの支える力からである。あの人は自分のそばにいてくれないとは本当のつらいことなのであるよ。それに、退屈な生活が始まるという意味なのである。
   
自分のそばの人を大切にしなさい。この愛は非常に手に入れにくいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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